フランスと日本の交流の始まり - フランスと日本の関係①

トップ画像:“La Japonaise, Madame Monet en costume japonais” via Wikimedia Commons.

日本にいると、ファッションやグルメなど、さまざまな場面でフランス文化に触れる機会があります。一方、訪日フランス人の数はここ数年増加傾向にあります。

2013年から2019年の訪日フランス人観光客数推移。2013年には15.5万人だったものが、2019年には36.6万人と倍以上に

出典:日本政府観光局 月別・年別統計データ(訪日外国人・出国日本人)

フランスと日本の交流はいつ、どのように始まり、どのように広まっていったのでしょうか。

「フランスと日本の関係」シリーズでは、フランスと日本の関係について時系列で見ていきます。

ル・ポンでは主にフランスの商品を扱っています。二か国の関係やその歴史背景を知ることで、商品の楽しみ方に深みが出ると思っています。ぜひご覧ください。

フランスと日本の交流はいつ・どうやって始まった?

2018年、日仏交流160周年を記念し、「ジャポニスム2018」がフランス・パリで開催されました。ジャポニスムとは、19世紀にヨーロッパで沸き起こった日本ブームのこと。「ジャポニスム2018」は、「世界にまだ知られていない日本文化の魅力を紹介すること」をコンセプトとしたイベントです。

フランスと日本の交流の歴史は、1858年に締結された日仏修好通商条約まで遡ります。

1639年から1854年までの間、江戸幕府の鎖国政策により、西洋ではオランダのみ日本との交流が許されていました。なかでも、伊万里の磁器や蒔絵の漆器などが多く輸出され、珍重されていました。

実際、長崎のオランダ商館長を務めたイサーク・ティチングは日本文化に強い関心を示し、日本に関する蒐集品を増やしていました。ティチングは晩年パリに移り住んでいたため、1830年頃のパリの競売で彼の蒐集品が出品されています。

ゴッホ「タンギー爺さん」タンギー爺さん” via Wikimedia Commons.

幕末に日本が開国すると、堰を切ったように美術・工芸品の輸出が盛んとなり、明治政府の殖産興業政策の一翼を担うようになります。その後、19世紀に開催された万国博覧会への出品をきっかけに、浮世絵などの日本文化が注目され、話題になりました。日本文化はゴッホやモネの作品にも大きな影響を与えたと言われていますが、芸術家だけでなく一般の人々にも広く浸透していきました。

日本の浮世絵にインスパイアされたものといえば、印象派を代表するフランス画家クロード・モネの「ラ・ジャポネーズ」(本記事トップの画像)。本作品以前、これほど鮮烈な赤を絵に取り入れる人はいませんでした。

日本の浮世絵と出会ったことで色彩に対する関心が生まれ、フランスの芸術家たちの感性を刺激したと言っても過言ではないでしょう。

次回、日仏修好通商条約締結以降の日本とフランスの関係について見ていきます。